今晩は山本です。
今朝は薄暗い内から南国市へ墓参りに行きました。

長男なので物心ついた時からお盆やお彼岸の日には父に連れられ掃除を手伝っていました。
左手で荷物を提げ、右手で肩車した私を支えながら墓所までの坂道を上る程に壮健だった父。
今や足元がおぼつかず、すっかり小さくなった後ろ姿に悲哀を感じます。
日高村に帰った後、前日につけたガニ籠を引き上げに行きました。

毎年この廃屋の前を通らせてもらい、谷へ下ります。

人が去り、かなりの時が過ぎたと思いますがどこも崩れていません。
先人達が子々孫々の繁栄に思いをはせながら積み上げた立派な石垣です。
石垣は裏山の山頂まで積み上げられています。
かつては谷の水を引き、田畑として使っていたのでしょう。
仁淀川へ下りる石段もあります。
石垣の規模と屋敷跡の広さを見るに、古くから続き三世代が同居する名家だったのではないかと想像できます。
昼野良仕事に精を出し、夕方川で漁る。
夏の夜は谷の水で良く冷やしたスイカやウリを食べ、
子供たちが花火に興じる姿に大人たちは目を細める。
そんな日常がここにはあったのではないかと、
ここを通るたびに思うのです。
明日は彼岸入り・・・
知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来りて、いづかたへか去る。
800年前の疑問に明快な答えはあるのでしょうか。
凡夫の私はただいたずらに自問し、苦しみ、眠れない夜を重ねるのみです。



