こんばんは加藤です。
元禄15年12月14日(新暦1703年1月30日)に、赤穂浪士47人が吉良邸に討ち入りをし、主君の仇討ちを果たしたことにちなんで制定された記念日だそうです。
討ち入りがなぜ記念になるのかはわかりませんが(笑)
≪あらすじ≫
播磨赤穂藩主(さつまあこうはんしゅ)浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)は、性格に難ありと見られていた吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)に日頃からモラハラまがいのことをされて鬱憤(うっぷん)が溜まっていた。
ある日江戸城内で小馬鹿にされた浅野内匠頭がキレて吉良上野介に切りかかてしまったんです。
その時大事なお客を接待していた将軍徳川綱吉が激怒し、浅野内匠頭に領地没収の上切腹を命じ、吉良上野介はお咎めなしとしたんです。
浅野内匠頭の家臣・赤穂志士たち(47人)が納得するはずもなく、主君の仇を取るべく後日吉良邸へ押し入り吉良上野介を討ち取ったという話です。
年末年始によくテレビでやってますよね。
当時、この赤穂志士たちの行動は主君への忠義が高いと日増しに支持が強くなったそうです。
でも、上司の判断に納得できないから武力行使に出ただけですけどね(笑)
ちなみに、2010年代以降の教育現場界隈では、会社や上司などへの忠義を意識させ、個を疎かにしてしまうとの懸念から、忠臣蔵はあまり好まれる傾向にはないそうです。
そんなこと心配する必要あります?
我が塾の浪士たちです。

先生の指示に従って文句も言わず?テスト勉強に取り組んでいます。
謀反が起きないように気を付けます(笑)


